
やはり一睡もできませんでした。
今日は父の命日です。
去年の日記にも書きましたが、この日を忘れることは一生無いでしょう。
今日でちょうど10年。
思えばこの父の死によって、今の私があるのです。
交通事故でほぼ即死でした。
さっきまで生きていた人が、いま目の前で死んでいる。
祖父、祖母たちは私が生まれる前、もしくは幼い頃に亡くなっていたので、”人の死”を目の前にしたのはこの時が初めてでした。
それも何の落ち度もなく、スピードオーバーで前の車を避けきれず中央車線を越えてきた車に正面衝突されるという、すさまじい最期。
人によって一瞬で奪われた命。
父は一言の言葉を残すこともできず、全身を潰されて亡くなりました。
運び込まれた病院の霊安室で父の遺体を目の前にしたとき、
「人間って、こんなに簡単に死んじゃうんだ。」
正直、そう思いました。
だったら好きなことをやろう。
10年たっても実現しなかったらスッパリあきらめよう。
その頃の私は、
ただがむしゃらに働いて働いて、社内の人間関係や女性というだけで理不尽な扱いを受ける事に身も心もボロボロになって、それでも「会社員」でなくなる自分がコワくて働き続けて、でもそれも酔っぱらい運転の車に後ろから追突されるという交通事故(コレも交通事故なんですね..)によって、結果、仕事も、健康な身体も、それまでの人間関係も全て失った喪失感に、将来の夢も希望も何にも持てず、ただ呆然とバイトの日々を送っていた。
そう、何も考えずただ生きていただけ。
カーテンの向こうで検死のためにゴロゴロと転がされ、骨の状態をみるために手足をバタンバタン、ボキボキさせられている父の身体の音を聞きながら、そう、思ったのです。
ありがたい事に、いま私はマイクの前に立つ事ができる。
会社員の時の様な身体を壊すほどの理不尽なストレスを感じる事もなく、自分の芝居が至らないことに凹むことはあっても、毎日の仕事は楽しい。
そしてこうやって好きな事をやって生活をさせてもらっている。
全て父のおかげです。
今日で10年経ちました。
声優としてはまだまだです。
でも私はこの仕事を一生やっていきたいと思います。
パパ、ありがとう。
最近やっと車が怖くなくなったよ。
好きだったF1も観られるようになったよ。
私は救われました。
でも父はどうだったんだろう・・
車が大好きなパパでした。
私は「交通事故にあったようなもんだよ」という言葉が大嫌いです。
一瞬です、本当にあと1秒ずれていればあんなことは起こらなかった。
すべての車を運転する人に、
どうか安全運転で。
12月4日 AM5:45 駒沢通り
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